「当たり前のことなのかもしれないけど、いつ帰って来ても落ち着けるのが地元な気がするんですよね」
そう言われて、なんだかハッとしました。「あなたにとって“まち”って何ですか?」それはいつもわたしが決まって最後に聞く質問です。でもこんな回答が返ってくるとは思いませんでした。いや、それはわたしが、今までいろいろ難しく考えていたせいかもしれません。でもたしかに、家がそうであるように、地元は居心地のいい場所であればどんなにいいでしょうか。そしてそんな地元にしてくれるのは、やっぱり落ち着ける居酒屋だったりするのかもしれません。そんな店が一軒でもあれば、地元への愛着はわくような気がします。何よりわたしが個人店を中心にお話を伺っているのはそんな理由からです。そんなことを思い出させてくれたインタビューでした。
text & edit by Esaki Nariya
最初に訪れたのは、2021年末。コロナが一度は収束に向かっている頃、夫婦でお邪魔しました。初めての来店ということもあってか、たっぷりサービスしてくれたのが印象に残っています。
「すごい嬉しくてサービスしたくなっちゃうの」
「新規は、テンション上がるよね。でも次につなげたいからサービスしてるんじゃなくて、新規がきてくれた嬉しさだけでやってるんだけどね」
今回お話を聞いたのは、埼玉県は北本市にある居酒屋のつなぎさんご夫婦。実はお昼は、旦那さんのご両親から受け継いだ北本団地にあるお弁当屋のふるさとさんも切り盛りしています。
「昼間、弁当屋をやってるからかもしれないね」
そのサービスとともに印象に残っていたのが、料金の安さでした。おつまみはどれも500円前後で、それもけっこうなボリュームを食べられます。ひとり暮らしなどしていると、重宝したくなるかもしれません。
「もともとお義母さん自身も、ちょっと薄利多売な発想の人だったんですよ。それをそのまんまそれを受け継いでるんだと思います」
「弁当買うと、おまけの方が多いから、おまけのことを考えながら弁当を買わなきゃいけないんだよね」
「ひとりの人とかだと、どう処理していいかみたいな感じになっちゃうくらい」
そんな話を聞いているだけで、ふるさとさんにも行ってみたくなりますが、仕出しのみで店頭販売はもうしていないそうです。気になった方は、まずは仕出しのお弁当を注文してみるのもいいかもしれません。
「もともとずっと将来的にはお店を何かやりたい、居酒屋さんをやりたいって言ってたので、タイミングがあればって思ってたんですけど、そのタイミングよくここが空いて」
「これくらいの広さだったら、一人でも回せるなって」
ご実家がお弁当屋さんだったこともあってか、小学校の文集でも将来の夢は、お弁当屋さんを継いで、食べもの屋さんをやりたいと書いていたほど、むかしからの夢でした。もちろん居酒屋と言う具体性を帯び始めたのは、大人になってからです。
「もともと人を集めるのが好きな人で、そういう場所があったらいいなぐらいだよね」
「商店街のところでも夜、居酒屋やってたんですよ」
「うちの弁当屋の前のスペースを使って、いっとき、試験的にやってたんですよね」
商店街のアーケードのもと、人が集まり、酒を飲み交わし、笑顔がこぼれる。おふたりの話を聞いていると、そんな光景も浮かびます。実際、初めてつなぎさんに夫婦できたときも、わたしたち夫婦のとりとめのない話も酒の肴にして、常連さんとともに笑顔で迎え入れてくれました。そんなことを思うと、そのアーケードのもとで開かれた居酒屋にも、ちょっと足を運んでもみたくなりますが、残念ながらいろいろなことが重なって、その実験をつづけることはできませんでした。でもその実験をつづけることができなかったからこそ、そして、その実験があったからこそ、北本駅から徒歩5分ほどのところに2020年12月にオープンすることができました。ただみなさんご存知の通り、ちょうどコロナの感染が広がるなかだっただけに、実際のオープンは翌年まで待つことになりました。
「サラリーマンとかがひとりで来ても、気づいたら今日2時間いちゃったみたいな感じのお店ですかね」
「ひとり飲みする人が来やすいような、そういうのが作りやすい環境にはあると思う。実際、先日も、初めて会った人同士で話してましたね。地元とか、年齢も違うけど、なんか共通のことってあるんだと思って」
「お酒飲んでるから余計にだよね」
U字型のカウンターには、ぐるりと回っても6席ほどの席と、テーブルの4人席のみ。カウンターはこちら側のお客さんと、あちら側のお客さんとでも会話ができそうな、ちょうど店主がすっぽりと、ひとり入るくらいの距離しかありません。店主も交えて会話が弾みそうな、そんな空間が用意されています。ひとりで来たとしても、きっと黙々と食べて、誰とも会話せず帰るということはなさそうです。コロナの影響でなかなか人とのつながりが得られない今、まさに求めているのはこんな場所かもしれません。そしてそれは、冒頭の言葉を思い出させてくれます。
「当たり前のことなのかもしれないけど、いつ帰って来ても落ち着けるのが地元な気がするんですよね」
ここには、そんなわたしたちが当たり前すぎて忘れていた、人と人がゆるくつながる、居心地の良さがあるのかもしれません。そしてそれはお酒がちょっと入って気軽にしゃべれる居酒屋ならではのかたちなのだと思います。それだけに気になった方は、ぜひ一歩足を踏み入れて、地元に、まちに、想いを馳せながら、お酒をたしなんでみてもいいかもしれません。初めて会った人と思わぬ会話で、ゆるいつながりが生まれるかもしれません。
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