当たり前のことを当たり前にやる。たったそれだけのことが案外むずかしい。そんなことを思ったことはないだろか?もちろん当たり前にもたくさん種類はある。当たり前なら口にしなくてもいいはずなのに、どうしても口に出てしまう言葉たち。それはきっと積み重ねたからと言って、誰でも叶えられるわけではないと、多くの大人たちが思ってるからかもしれない。それは頑張ること、努力すること、そして一生懸命やること。でもそれを当たり前にやって来た人たちは口にしない言葉なのかもしれない。
edit & photo by Nariya Esaki
北本市にもチェーン店が多く立ち並ぶ代わりに、個人店も多く点在している。なかには通いたくなるパン屋さんやカフェ、あるいはビストロも少なくない。北本駅東口から歩いて5分。チェーン店が多く立ち並ぶ旧中山道から少し外れた住宅街の一角にあるクッチーナDもそんなお店のひとつだ。
「迷いはまったくなかったですね。勢いだけでオープンしたんで、自信に満ち溢れてたんですよ。若かったし、俺なら絶対いけるでしょみたいな感じで」
はじまりは28歳の頃のこと。若気の至りとは言えばそれまでかもしれない。とは言っても、料理の専門学校は出ているし、卒業してから8年間、席が100席以上ある大きなイタリアンでしっかり経験と実績を積んでいる。
そもそも料理を始めたのは小学生の頃。お手伝いではじめた料理は、高校生になるとアルバイトに代わり、おそらくお父さんやお母さんからの「おいしかったよ」がお客さんの「おいしかったよ」に代わっただけで、そこにただただ喜びを感じて料理を続けて来たのだろう。もちろんそこには頑張ることも、努力することも厭わない姿勢と相まって、ただの勢いだけに見えて、その裏にはしっかり積み上げられた当たり前があったからこその独立だったのだ。その証拠のように、オープンのときにはいつの間にか家族や友人に改装できるプロまでいたのだから、その姿勢を誰かが見ていたとしか思えない。もちろん何よりオープンから7年経た今も同じ場所に立っていられるのが一番の証拠なのだけど。とは言ってもまったく苦労がなかったわけではない。
「1、2年で性格も料理のスタイルもガラリと変わりましたね。自信満々でオープンしたんですけど、なんせずっとチームワークでやって来たじゃないですか。100席以上ある大きい店で。で、ちいさくはなりましたけど、でもやることはゼロから最後まで全部自分じゃないですか。当たり前ですけど」
「性格も勤めていた頃は仕事中は一切話さなかったんですよ。俺の料理を黙って食っとけみたいな感じだったんですけど。でもカウンターがあると普通に話すじゃないですか。夜なんかお酒飲むと余計に話しますよね。だから本当性格まで変わりましたよね」
環境の変化。これに適応するかどうかが長く続くか続かないかを分ける分岐点なのかもしれない。それはおそらくどんな分野でも言えることだろけれど。しかし環境の変化に対応したからこそ得たものも大きい。
「基本こういうところなので、農家の奥さんとかが呑みに来て、酔っぱらったノリで話すことが結構あるんです。そこでたまにお土産で野菜もらったりするんですけど、それじゃあほかにどんな野菜がありますかって話になるじゃないですか。それでブロッコリーだったり、キャベツだったり扱ってるんで、じゃあ普通に買わせてくださいっていうのから始まって」
実は使っている野菜のほとんどは北本産。でも地産地消や地域貢献を意識しているのではなく、あくまでこうした会話や味で北本産を選んでいる。これももちろん、かつてのように黙って食えのスタイルではできなかったことだ。そしてもうひとつ、これも大きな変化だったかもしれない。
「最初はお断りしてたんですけど、自分もまだ頭堅かったですからね。イタリアンでしたから、カレーって何だよって思ってましたけど、でも北本トマトカレーってお米とルーとトッピングで北本トマトを使いましょうっていう三ヶ条があるんですけど、ちょっと考えたらトマトリゾットにして、自家製のトマトソースはあるのでそれでトマトのルーをつくって、トッピングでトマトのピクルスを添える。一応、イタリアンから離れてないなって思ったんで、じゃあやりますって」
一度は断った北本トマトカレーの誘いにも年を重ねたからこそ応えることが出来たのかもしれない。自分ひとりではできない。それは一緒にカウンターに立ってくれている奥さんが妊娠したときにも痛いほど感じたことのひとつでもあった。
「つわりもひどくて、昼も夜も店に出られなくなって、そこから誰かしらアルバイトさん探さないといけないですし、どうしてもいないときはひとりじゃないですか。自分ひとりになってしまうと、料理もして、自分で持っていって、お客さんとも話すし、当然妻のことも聞かれて、精神的にも経済的にも不安定でほぼ1年くらいガタガタでしたね」
そして子どもができるとどうしても頭に過るのは「安定」の二文字。
「でも辞めようと思ったことはないですね。将来的に大丈夫かなっていうのはありますけど、安定はないので。明日オープンしても来る可能性もありますけど、ゼロの可能性もあるわけじゃないですか。予約が入ってなければイコールその日の給料はゼロなわけですし、飲食だから食材も悪くなっちゃいますしね。来れば全然いいんですけど。暇だと悪循環ですよね」
でも子どもができたからか、その循環はいい方向に転んでいっていると言ってもいいかもしれない。
「子どもが2歳ぐらいのときに試しに一緒にピザを作ってみたら、もちろん真似っこですけど、自分で伸ばして好きな具をのっけて一応、自分で作ったピザができたんです。二歳児で。じゃあこれ、ほかの子でやったら本人はもちろんですけど、親御も喜んでくれるかなと思ってやりました」
実は取材に伺った日も、ちいさい子連れのお客さんが来ていた。わたし自身もそうなのだけど、子どもがいると自分が行きたくてもなかなかこういう個人店には足を踏み入れづらい。でもクッチーナDには絵本も置いてあるし、子どもを連れていくとおもちゃまで出してくれる。本当に数少ない子連れで行ける嬉しいお店なのだ。
そしてもうひとつ。奥さんがどうしてもお店に立てないときにアルバイトさんを入れることで新たなチャレンジも始まった。それがクッチーナDマルシェだ。
「主催者はわたしじゃないんですよ。週末バイトしてもらってる人がいて、話してたらものをつくるのが好きだって話になって、普段はネットとかで販売してるみたいなんですけど。たまにマルシェとかに出店してるって言ってて、じゃあうちでやってみるって言ってみたら、え、いいんですかってなって」
3、4か月に1回、週末のランチに開催されることになったのだとか。もうすでに何度も開催されていて、わたしも実は取材前に知って足を運んだのだけど、アクセサリーなどの雑貨からどんぐり帽子やケーキまでが軒先から店の奥までずらりと並んでいて楽しいイベントだった。しかしそれも性格もスタイルも変えたからこそできたこと。
「その瞬間を一生懸命生きてるだけなんで、越えるしかないからやってるだけなんですよね」
それは口で言うほど簡単なことじゃない。まして自分でやりたいことならこだわりも強く、尚更むつかしいような気もする。いや、でもだからこそできたことなのかもしれない。もちろんそれは多くの大人たちが口にしてしまうように、誰もが報われることではない。でもそうだと分かっていても、少なくとも自分の納得いくまでやってみるのが本当は一番いいのだと思う。まずは試しにここの料理を食べてみるといいかもしれない。そうすればその味を味わうことができるはずだ。
(おわり)
クッチーナD
住所:埼玉県北本市宮内3-202
営業時間:11:30~14:30 / 18:00~23:00
定休日:火曜
駐車場:4台
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