「Barが教えてくれたこと」前編 music & bar Amour@千歳烏山


Barに初めて行ったのはいつだっただろうか。学生時代だったか、社会人になってからか、全くわたしは思い出せないけれど、それが少なくともひとりじゃなかったのは間違いない。でも彼は20歳のときに、たったひとりでその扉を開けたのだ。それがまさか人生を決定づける日になるとは、おそらく思わなかっただろう。でも人生なんて意外とそういうものなのかもしれない。自分が気づいてないだけで、人生が変わるきっかけは、そこらへんに転がっているのだから。




結局、20歳から友達が出来たっていうのは、Barでしたし、大人にさせてくれたのも、遊びを教えてくれたのもBarでした。


music & bar Amour


edit & photo by Nariya Esaki



「10万卸して、よしこれで仕事終わったら行くぞと思ったんですけど、いざ着いてみるとやっぱり怖くなって、扉の前で財布から10万取って、靴の下とかにバラバラに入れて(笑)」


20歳になったばかりのある日、休みの前日にわざわざATMで10万円卸して――もちろんぼったくられることを危惧して――バーに行くことを決意したその青年は、しかし今や京王線は千歳烏山駅にあるミュージック&バーアムールの店主でもある。


ちなみにそのまるで映画のワンシーンのような話はこう続く。


「扉も重くて、開けたらマスターも含めてカウンターの人たちがガッとこっちを見たんですよね。うわああああ、やっぱそうじゃんって思って(笑)」


ああ、もう完全に西部劇映画みたいじゃないか。


でも彼は内心ビビりながらも、足を踏み入れ、恐る恐る席に着く。でもそこにはメニューがなかった。そうこの頃のバーには、基本的にメニューはなく、バーテンダー任せ。しかしお酒なんてチェーン店でしか呑んだことのなかった彼は、棚に並ぶお酒を眺めて必死に知っている銘柄を探して頼んだけれど、さらに思わぬことが起こってしまった。



「呑み方はどうしますか?」


「呑み方?って呑みますけど」と彼は心の中で思った。それが通じたのか、マスターがこう続けた。


「ロックか水割りか、ソーダかストレート、どれにします?」


丁寧に教えてくれているけれど、それでも彼には何のことかさっぱり分からなかった。でも何か言わなくてはと思い、最初に言われたという理由だけでロックを頼むことにした。


「そしたらもちろん、ウイスキーに氷入れただけのを出されて、でも初めて呑むんですよ。チェーン店とかは行ったことはあるんですけど、そういうところで呑む甘いお酒と違って、一口呑んだだけで、凄いカッとなって。あのときの辛さは今でも覚えてますね」


でも覚えているのはそれだけじゃなかった。もちろんこの日のことは酔いつぶされながらも覚えていた。その最初の一杯目が終わると、西部劇映画さながらに銃団こそ飛んで来なかったものの、頼んでもいないのに、次から次にお酒が出て来たのだから。


「うわ、これ来たよみたいな、これは早速ぼったくられるんじゃないかみたいな(笑)そこまで思ったんですよ。こわくてこわくて」


でも拳銃はなくても、今日は10万円持って来ているんだから大丈夫。そう思いながら会計をすると意外な値段を言われた。



「結局、1000円いってなかったんですよね。田舎なんでチャージ代もないですし、最初の一杯だけで、あとは全部、そこの人たちが順におごってくれたんですよね」


それもそのはず、20歳そこそこの若者がバーに、それもひとりで来るなんて当時はあまりなかったことだろうし、少なくともその店では珍しい来客だったのだから、40代から50代の常連客にとってはかわくてしょうがなかったに違いない。だから彼の前には次から次にお酒が出されていったのだ。しかしこの話はここで終わらない。


「まぁ、次の日は初めての二日酔いですよね。その状態で仕事して帰って、うわー、昨日は申し訳なかったなと思って行ったら、また似たようなメンバーがいて、いやー、昨日はすみませんでしたとか言いながらもまた同じ状態になったんですよね(笑)」


行かないという選択肢もあったかもしれない。でも彼は二日酔いになりながらもその日行ったことで、最初は映画に出て来るバーに憧れてという程度だった場所が、かけがえのない場所に変わっていった。


「そこで今でも帰れば、いまだにメシを食いに行くくらい世話になった人がいるんですけど、その人が番号を交換しようって言ってくれて、マスターもついでにしてくれたんですけど、そしたら次の日からですよね、ご飯のお誘いが来て」


それもお酒同様に、次から次に連れて行ってくれる人も変わった。20歳そこそこでモテ期到来と言ってもいいかもしれない。最も同世代の女の子ではないけれど。しかしその頃に40代から50代のおじさま、おばさまに仕事のことから、礼儀や女性、そして人生に至るまで、いろいろなことを教わるというのは貴重な時間だったに違いない。それも会社の上司でも、学校の先輩でもない、しがらみのない関係性なら尚更だ。


「だから結局、20歳から友達が出来たっていうのは、そのバーですし、大人にさせてくれたのも、遊びを教えてくれたのもそのバーでしたね」



(つづきます)



music & bar Amour


営業時間:20:00~6:00

定休日:不定休

住所:東京都世田谷区南烏山6-4-12-2F

facebook:https://www.facebook.com/music.bar.amour




Nariya Esaki

kosa10magazine主宰。テレビ業界からレコ屋店員を経て現在埼玉県北本市在住の二児のパパ。

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「好き」と生きる、「まち」と暮らす。