「Barが教えてくれたこと」後編 music & bar Amour@千歳烏山


やっぱりひとりでは何もできないですよね。振り返ってみても、ずーっとみんなに助けられて生きてます。


music & bar Amour


edit & photo by Nariya Esaki



「もともと東京に来たのは役者のためだったんですよね」


バーとの出逢いを考えると、そこからバーを持つことを夢見て上京して来たようにも感じるのだけど、実はもともとは役者を目指しての上京だった。


映画好きが昂じて、大阪のエキストラから始めて僅か二年足らずで役付き――エンドロールに名前が載る役――で呼ばれるようになり、ギャラもそれなりに発生するようになった。ただもともと住んでいた大阪では限界を感じ上京。


でも東京は決して微笑んではくれなかった。


「事務所も3つぐらい変えましたね。事務所によって全然違いますし、でも仕事取ってこない事務所ばっかりで、大阪でちょっとギャラもらってやってたっていうのもあったんで、余計物足りなくて、なんていうんですかね、ま、納得できない毎日だったんですよね。で、結局、いい事務所に決まらないのも自分のチカラなんで、まぁ、ご縁がなかったっていうのもあるんですけど、それで諦めたんですけどね」


しかし諦めるというのは口で言うほど簡単なことではない。


「やめて2年間は、役者関係で舞台出てよとか、観に来てよとか、こういうオーディションあるけどどうとか、いろいろ来ましたけど、もう凄いつらくて。ずーっと全員シカトしてましたね」


そう思うと、ひょっとすると夢を諦めるというのは、諦めないことよりもずっと大変なことなのかもしれない。



もちろん役者を諦めた理由はそれだけではなかった。


「いろいろ考えたときに自分のひとりのカラダじゃないなと思って」


それはそのままお店を始めるきっかけにもなった。


「それまで自分ひとりだからっていう考えだったんで、もうやれるところまで役者をやってみようみたいな感じだったんですけど、年とともに親父もちいさく見えたし、家でもいろいろあって、そこから店持とうって29のときに思ったんですよね」


それは妹と弟を持つ長男らしい理由かもしれない。しかし、だからと言ってお店を持とうとはなかなか思わないけれど、バーとの出逢いを考えれば頷ける話。


それにしても人生なんて本当にどこに何が転がっているか分からない。それは映画に憧れて足を踏み入れたバーかもしれないし、あるいは決してうまくはいかなかったバイト先のまちかもしれないのだから。


「東京来てからバーのバイトはやってたんですけど、オープニングスタッフはやってなかったなと思って、それで偶然オープニングスタッフを募集してたのが、烏山のバーだったんですよ」


千歳烏山との出逢いはそんな偶然から始まった。


しかし、バーを開くまでの助走のつもりで始めたその職場は決して恵まれた環境ではなかった――オープンから僅か2か月で5人いたスタッフは4人も辞めてしまった――でも来た同業のお客さんのお店を呑み歩くうちに、気づけばスナックのママに声をかけられ、そのお店で働くことになり、そこからいろいろな縁もあって、アムールを開く場所まで見つけたのだから、やはりどこに何が転がっているかは分からない。



「そうなんですよね、いまだにスナック時代のお客さんも何人か来てくれますし、ありがたいですよね。やっぱりひとりでは何も出来ないんで。振り返ってみてもずーっとみんなに助けられて生きてますね。遊びにしても、仕事にしても」


それは10万円を握りしめて恐る恐るバーの扉を開けたときから、実は何も変わってないのかもしれない。いや、その一歩を踏み出すこと積み重ねて来たからこそ、今があるのだろう。


「"和"ですね」


まちについて訊くと、そんな答えが返って来た。


「和みと言うか、なかなか東京だと近所とのあいさつがないとかって言われるんですけど、やってる人はいるんですよね。そういう人たちがもっと増えれば、戻って来たいまちになるんじゃないかなっていうのはありますね。だから戻って来たら、心が和んで、ゆっくりできるっていうのが、まちじゃないかと思います」


アムールも一歩足を踏み入れれば、きっとあなたにとってのそんな場所になるはずだ。


もちろん、来るときは10万円を用意して。


ひょっとすると、それにはほとんど手を付けることなく、それ以上の何かに出逢えるかもしれない。



(おわり)



music & bar Amour


営業時間:20:00~6:00

定休日:不定休

住所:東京都世田谷区南烏山6-4-12-2F

facebook:https://www.facebook.com/music.bar.amour




Nariya Esaki

kosa10magazine主宰。テレビ業界からレコ屋店員を経て現在埼玉県北本市在住の二児のパパ。

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「好き」と生きる、「まち」と暮らす。