「好きじゃないからの始まり」cocofukbagle@北本市

「もともとベーグルは好きな食べものじゃなかったんです」


それを初めて聞いたときは耳を疑ってしまった――なにせわたしたちは個人店は好きから始めるものというイメージが染みついてしまっているのだから――でも意外と仕事というのはそうしてつくられるのかもしれない。好きじゃないからこそ、そこには好きになるには?という問いが産まれるのだから。


text & photo by Nariya Esaki


自分が好きだからっていうよりは、お客さんが喜んでくれるからやるんです。



北本駅西口から市役所に向かって歩くこと約5分。残念ながら看板はなくなってしまったけれど、かつては清水ショッピングセンターとして栄えた場所の一角(101)にココフクベーグルはある。オープンは2018年の9月。そのはじまりを伺った。


「もともとベーグルはそんなに好きな食べものじゃなかったんですけど、たまたま図書館に行ったときにベーグルの本を見て、こんな感じなんだと思って、時間もあったんでちょっと作ってみようかなみたいな感じで作ったら、自分が作ったベーグルだったら食べれたんですよ」


それも外で買って食べるよりもおいしくできた。それをきっかけにもっと食べやすくできるんじゃないかと思って突き詰めていたら、気づけば会社員時代は休みが来るのが待ち遠しくなるほど、ベーグル作りが楽しくなっていた。



もともとは大手コーヒーチェーン店勤務。順調にキャリアは積んでいたものの、店舗にひとりかふたりしか社員がいない中では、次の休みがいつになるか分からない。その上、朝から晩までの長い拘束時間。それを40歳や50歳まで続けられるとは到底思えなかった。だからということでもないけれど、どこかでいつか自分のお店を持ちたいという思いもあった。でもココフクベーグルには実は珈琲は置いていない。珈琲で勝負しようとは思わなかったのだろうか。


「珈琲系をやるつもりはまったくなかったんです。難しいと思います珈琲系は。結局ビジネスと考えたときに嗜好品じゃないですか珈琲って、好きとか嫌いとか好みでも大きく分かれたりしますし、あと景気に左右されやすい外食業界の中でどこを削るってなったときに三食食べないといけないものを優先するとしたら、珈琲を喫茶店とかで飲む500円はやっぱり削られる対象になりやすいんですよね」


なんと現実的、でもそれはひょっとしたら会社員として経験して来たからこそ感じられたことなのかもしれない。


「そうなると珈琲を個人でやるのはちょっと難しいなと思って、そういえばベーグル作ってて、これとなにかできないかなっていうので、もともと野菜を使うのは好きだったのと、サンドイッチはお店で手作りだったんですよ。だからサンドイッチも作れるし、ベーグル屋さんも普通のパン屋さんと違ってたくさんあるわけでもないし、でも食べられる人の幅は広いものだから、そこのイメージと真逆のものを作ったらビジネスチャンスになるんじゃないかなって思ったんです」


だからと言って本場の味を再現したいわけでも、追及したいわけでもない。


「パン屋さんで修業したとかでもないので、パンで勝負っていうよりは、どっちかっていうと今うちのお店で野菜を置いたりだとか、加工食品置いたりだとか、ああいうのも結局つくってる農家さんってそれを販売したりとか、営業したりとかっていうのは本当に大変なので自分でやるのは難しいじゃないですか。だからそれを中間でつなげて販売しておいしさを知ってもらうとかっていうのをやるのがすごい楽しいんですよ」



もちろんベーグルをおいしくすることにも余念はない。でもそれ以上に大切にしたいのが人との関わりだ。その証拠のように実はその置いている野菜は一切儲けを得ていない。そしてそれはたとえば会社員時代のこんなエピソードからも分かる。


「珈琲教室の先生とかやってたんですけど、珈琲もそんなにめちゃめちゃ好きなわけじゃなかったんですよ。でも勉強するのが楽しくって、だから自分が好きだからっていうよりはお客さんが喜んでくれるからやるんです。誰かが喜んでくれることをお手伝いするのが好きなんですよね」


だからだろうか、わたしが取材に訪れた14時にはもうショーケースは疎らになっていた。まだオープンして半年ほどしか経っていなかったのに。もっとも昼過ぎにはなくなってしまうことも決して少なくない。


「おすそわけ文化がすごいんです。うちの店もそうなんですけど、家族じゃない誰かの分を買っていく人が多いんです。それをもらった人がおいしかったから今度は誰かに伝えたいって人がすごい多いんです。なんか横のつながりが昭和なんですよね」


いわゆるクチコミ。それがインターネットではなく、地域の中で根付いているのが北本らしさなのかもしれない。それもお客さんだけではなく、お店の人も紹介してくれるのだから。それは確かに昔懐かしい日本の姿を見ているようだ。もちろんそれは何よりここのベーグルがおいしいからなのだけど。



「いつかはちゃんと投票権を得てっていうぐらい住んで、ちゃんと一市民として生活したいって思えるような場所ですね」


実は住まいは鴻巣市。そもそも北本でやろうとも思っていなかった。


「山梨とか長野によく行ってて、本当はあっちでお店やりたかったんですよ」


もっともいきなりそこでやるのは難しいという思いもありステップの意味でも地元の鴻巣で探していたけれど、偶然通りかかったこの今の物件との出逢いもあり、ここにすることに決めたのだとか。


「田舎に行かなくても自然がいっぱいあるし、こういう田舎に行って、まちおこしみないなのをやりたかったけど、でもここでもそういうことをやろうとしてる人たちがいるなら別にいなかくていいかって。だからちょうどいい田舎なんですよね」


確かに北本には雑木林はじめ自然も多い、都内にも1時間あれば上野や新宿、渋谷にも電車1本で行くことができる。クルマさえあれば、大きなショッピングモールにも行くことが出来る。まさにちょうどいい田舎。でも何よりそんな「まち」をよりよくしようと動いている人たちがいるのもこの「まち」の魅力なのかもしれない。


(おわり)




ココフクベーグル


住所:埼玉県北本市中央1丁目1-8-101

営業時間:10:00~17:00

定休日:日曜・月曜・火曜

Nariya Esaki

kosa10magazine主宰。テレビ業界からレコ屋店員を経て現在埼玉県北本市在住の二児のパパ。

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「好き」と生きる、「まち」と暮らす。