「何もない」からはじめる北本暮らし。


「イベント楽しかったです」

 わたしがハンモックを片付けていると、不意にそう声をかけられた。笑顔混じりに「ありがとうございます」とまったく気の利かない返答ぐらいしかできなかったが、でもそのときようやくここに来て良かったと思えた。


***


 北本市と聞いて、どれくらいの人が想像できるだろうか。


 もともと福岡産まれのわたしにとっては、まったく縁もなけらば、想像すらしなかった場所だった。おそらく結婚でもしない限り住むことはもちろん、知ることさえなかったかもしれない。が、その北本が今、面白いことになって来ている。


***


「何もないよ」


 北本に生まれ、北本で育ち、結婚した今も北本に住む――つまり人生のほとんど――わたしの妻に北本について訊くと決まって出て来る言葉だ。


 確かに駅を降りると西口には広くきれいなロータリーがある。が、その先にはショッピングモールもなければ、商店街らしきものもない。ここに来る前の東京での7年間を、世田谷区の西の端にある商店街の多い千歳烏山に住んでいたことを考えれば、その時点で、もう何もないと結論づけるのは簡単だった。

 実際、妻の実家まで行く道中――僅か10分程度の時間だけれど――で見かけるものも、コンビニやスーパー、それにどこのまちでも無数にある美容室や不動産屋、あるいは一見さんお断りと言わんばかりの中がまったく見えない――最もこういうお店こそ行きつけになると最高のお店に変わったりするのだけど――呑み屋が片手で足りるほど立ち並ぶだけ。それもその先にはどう見ても住宅街にしか見えない光景が広がっていた。


 確かに何もない。

 

 そうわたしは思った。実際、少なくとも1年前まではそう決めつけていた。が、もう一度言うけれど、その北本が今、面白いことになって来ているのだ。


(つづく)



text by Nariya Esaki





Nariya Esaki

kosa10magazine主宰。テレビ業界からレコ屋店員を経て現在埼玉県北本市在住の二児のパパ。

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「好き」と生きる、「まち」と暮らす。